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和田賢一(走りの学校)のWikiプロフィールと凄い経歴まとめ!

和田賢一さんは東京都出身のライフセービングアスリートです。

ライフセービング競技「ビーチフラッグス」を専門にしており、これまでに全日本種目別選手権で優勝するなど輝かしい実績を持っている方です。

現在は『走りの学校』というオンラインスクールを開講しており、さまざまな活動に取り組まれています。

そこで今回は和田賢一さんについて、Wikiプロフィール・経歴まとめといった流れで詳しくご紹介していきます。

和田賢一(走りの学校)のWikiプロフィール!

和田賢一(走りの学校)のWikiプロフィール!
  • 名前:和田賢一
和田賢一
  • 生年月日1987年12月8日
  • 血液型:B型
  • 出身:東京都江戸川区
  • 居住地:兵庫県淡路市
  • 身長170センチ
  • 体重:73キロ
  • 最終学歴:日本大学文理学部 スポーツ学科卒
  • 競技:ビーチフラッグス

参考元:走りの学校

和田賢一さんの家族構成は両親(父親・母親)に姉と弟の5人家族です。

三人姉弟の真ん中に生まれ、祖父と祖母も一緒に住んでいたせいか、のんびりとした環境に育ちます。

高校時代までの11年間は、野球を全力で取り組んできています。

そんな球児だった和田賢一さんですが、“イップス”という精神的な原因で発症する送球障害となってしまいます。

深い挫折を味わいますが、大学入学後もスポーツでなにか『頂点に立ちたい』といった想いから、

  • テニス
  • 総合格闘技
  • サーフィン
  • ストリートバスケ

などで本気で世界の舞台を目指しましたが、全ての競技で挫折してしまいました。

そんななか大学4年生の時に友人の勧めで偶然出会った『ライフセービング』という活動を知り、競技であるビーチフラッグスに興味を持ちました。

この出会いにより和田賢一さんは『ライフセービングの普及・ビーチフラッグス世界一』という新たな目標を見つけ挑戦することを決めました。

わんたん
わんたん
挫折しても挑戦することは諦めなかったんだな

和田賢一(走りの学校)のビーチフラッグスの凄い経歴まとめ!

和田賢一さんが大学時代に出会ったビーチフラッグスという競技。

これまでに陸上競技の経験はありませんでしたが、練習をすることにより全日本選手権を連覇するほどの実力がありました。

十分凄いですが世界のトップ選手たちと比べると、『走力』に雲泥の差があることに気づきます。

世界一となるために、あともう一秒タイムを縮めたい。そこでまた新たな出会いが訪れます。

ここからは和田賢一さんについて、ビーチフラッグス経歴・走りの学校とは?といった流れでご紹介していきます。

和田賢一のビーチフラッグス経歴

和田賢一のビーチフラッグス経歴

2014年

  • 全豪選手権 準優勝(日本人男子歴代最高位)
  • 世界大会インタークラブ 銀メダル(日本人初)
  • クイーンズランド州大会(豪)優勝(日本人20年ぶり2人目)
  • アリーナレスキュー(フランス)日本代表 ビーチスプリント準優勝

2015年

  • Euro Beachflags Tour 3rd round優勝
  • 全日本選手権 ビーチフラッグス優勝 2連覇

2016年

  • 全豪選手権 第4位
  • 全日本選手権 ビーチフラッグス優勝 3連覇

2017年

  • 全日本種目別選手権 ビーチフラッグス優勝
  • 三洋物産インタナショナルライフセービングカップ ビーチフラッグス優勝

2018年

  • 全日本種目別選手権 ビーチフラッグス優勝 2連覇
  • 三洋物産インタナショナルライフセービングカップ ビーチフラッグス優勝
  • TEDxKYOTO2018 ファイナルスピーカー

参考元:Wikipedia

上記↑は和田賢一さんのビーチフラッグスの凄い経歴です。

和田賢一さんは2014年にビーチフラッグスで2度の世界大会準優勝経歴をのこしています。

かなり凄いですね。

しかし、世界一になるのにあと一歩が足りないと感じ、和田賢一さんは単身ジャマイカに向かいました。

向かったのは首都『キングストン』にある”レーサーズ・トラック・クラブ”。

ここには世界一のスプリンターのウサインボルト選手が所属していました。

 

和田賢一×ウサインボルト

和田賢一,ウサインボルト

人間関係や言葉の壁など厳しい環境のなか、和田賢一さんは世界のスプリンターたちと3ヶ月間トレーニングを積みました。

その間に和田賢一さんはウサインボルト選手に早く走る秘訣を聞き、以下↓のように返答されました。

ウサインボルト「オレは自分の走りに集中しているから分からない。でもコーチ(ミルズ)は天才だ。彼の言うことを聞け」

参考元:THA ANSWER

和田賢一さんはウサインボルトの言葉を聞いて、走りは才能ではなく技術であることを確信しました。

わんたん
わんたん
和田賢一さんは100m11秒8だったタイムをこの3ヶ月間で1秒も縮めたんだ(°▽°)

和田賢一の走りの学校とは?

【走りの学校】× プロ野球‼️

•読売巨人軍藤村大介走塁コーチ
•田中俊太選手(今期読売巨人軍 来期より横浜DeNAベイスターズ)
•北村拓己選手(読売巨人軍)に走り革命理論を提供させて頂きました

和田賢一さんは現役を引退後、これまでの経歴を生かすためにオンラインサロン『走りの学校』を開校し校長として活動しています。

『走りの学校』は和田賢一さんがジャマイカで学んだ「スプリントテクニック」を確立し、トップアスリートをはじめ全国の子どもたちへと広めるための学校です。

走ることの成功体験を通じ、夢に向かって一歩を踏み出す勇気を届ける講演も行っており、オンラインでの講習や直接の指導もしています。

和田賢一(走りの学校)Wikiプロフィールと経歴まとめ!

和田賢一(走りの学校)Wikiプロフィールと経歴まとめ
  • 3人姉弟の真ん中に生まれのんびりと育つ
  • 11年間続けた野球でイップスとなり挫折
  • 大学4年生でライフセーバーとなりビーチフラッグス競技を開始
  • 世界2位となり技術向上のためジャマイカへ
  • ウサインボルトと出会い走りの極意に気づく
  • オンラインサロン『走りの学校』を開校し全国にスプリントテクニック普及

和田賢一さんはライフセービング競技のビーチフラッグスと出会い、走りとは何かを知りました。

それまでには多くの挫折を味わい、またウサインボルトという世界一のスプリンターとの出会いなど様々な経歴がありました。

その経歴を生かし現在は、全国の子どもたちをはじめ、プロ野球選手やラグビー選手などにも指導をしています。

和田賢一さんのこれからの活動にも注目したいです。