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見延和靖の出身高校と大学時代がすごい!フェンシング経歴まとめ!

見延和靖選手は全個人種目で、日本人選手史上初の年間ランキング1位を獲得した、フェンシングの選手です。

また、東京オリンピックではフェンシング競技において山田優選手と並んで、最もメダルに近いと有力視されていて、その経歴にも注目が集まっています。

そこで今回は、見延和靖選手の出身高校と大学時代のフェンシング経歴をまとめてみたのでご紹介していきます。

見延和靖選手の出身高校はどこ?

武生商業高等学校

武生商業高等学校

見延和靖選手が高校時代に通っていた学校は、福井県越前市家久町にある武生商業高等学校です。

武生商業高等学校は男女共学の公立高校で、設立は1965年。

2020年度から福井県立武生工業高等学校と統合しており、福井県立武生商工高等学校が新設されています。

 

武生商業高等学校のOB、OGには、

見延和靖選手と同じく、フェンシング東京オリンピック2020に出場予定の、佐藤希望選手青木千佳選手、

著名人にはアニメワンピースの初代エンディングテーマでデビューした、歌手の大槻マキさんがいます。

見延和靖選手の出身高校のすごい経歴

見延和靖

見延和靖選手は中学時代までバレーボールに熱中していましたが、父親の勧めで高校入学を期に、フェンシングを始めています。

日本人初のフェンシング世界選手権金メダリストの太田雄貴選手も、父親の勧めでフェンシングを始めています。

しかし、見延和靖選手とは違い、太田雄貴選手小学3年生という早い年代から始めており、小学中学時代には全国制覇、高校時代には史上初のインターハイ3連覇を達成。高校2年生の時には全日本選手権で優勝(最年少記録)をするなど、早期から活躍していました。

見延和靖選手はオリンピック選手としては、フェンシング競技を始めるにしてはかなり遅い時期からのスタートということになります。

 

見延和靖選手の通っていた武生商業高校では、部活動においてフェンシング部は、インターハイの常連でした。

 

  • 全国高等学校選抜フェンシング大会団体戦3位
  • 全国高校総体個人戦ベスト8

上記の記録は見延和靖選手の高校時代のフェンシングの経歴です。

 

フェンシング歴が僅か3年と考えると、すごい経歴なのではないでしょうか?

武生商業

高校がフェンシング強豪校ということもあり、見延和靖選手はいい指導者にも恵まれていたとも考えられますが、本人の努力やセンスがこのような素晴らしい結果を生み出したのだと思います。

見延和靖選手の出身大学はどこ?

法政大学

法政大学

見延和靖選手の出身大学は東京都千代田区にある、法政大学です。

法政大学とは東京六大学のうちの一校として有名であり、多くの著名人スポーツ選手を輩出している私立大学です。

実は法政大学と、フェンシング競技にはつながりがあります。

フェンシングの歴史とは、明治時代に軍刀術として日本に伝えられてきており、スポーツとして親しまれるようになったのは昭和になってからでした。

そして昭和にフェンシングの普及を積極的に行い、法政大学のフェンシング部を1935年に創設したのが渋谷忠三という方でした。

法政大学フェンシング部は80年以上の長い歴史ということでかなり歴史のある部活です。

1940年に開催予定だった東京オリンピックは第二次世界大戦の影響で中止。オリンピックに向けてフェンシング普及のため尽力していた、渋谷忠三さんは志半ば、戦死されています。

そんな法政大学のホームページでは、渋谷忠三さんの意思を継いだ見延和靖選手の活躍が期待されています。

見延和靖選手の出身大学のすごい経歴

見延和靖

見延和靖選手は2006年に法政大学に入学しています。

高校時代にフルーレ、エペの両種目の選手として活躍していましたが、法政大学に入学後、種目をエペのみに専念しています。

フェンシングにはフルーレ、エペ、サーブルの三つの種目があり、フルーレは日本でメジャーとされており、太田雄貴選手の専門種目です。

見延和靖選手の専門種目のエペは「決闘」を起源としていて、有効面が足の裏を含めた全身と最も広く、本場欧州で人気が最も高いと言われています。全身を攻撃できるため世界で最も選手層が厚く『キング・オブ・フェンシング』と呼ばれている種目でもあります。

見延和靖選手はエペに的を絞り、練習を行うようになります。

 

大学4年次全日本選手権団体優勝時の表彰台

見延和靖

  • 国内→学生大会、全日本選手権等の五大大会制覇
  • 国外→広州アジア大会団体戦優勝

見延和靖選手は大学時代に上記の経歴を残しています。

フェンシングをはじめてから、たった7年でこのような輝かしい成績を残せているのが凄いですね!

 

フェンシングは大学までで一区切りにする予定でいた見延和靖選手でしたが、高校からはじめたフェンシングにはたくさんの学びがあったことに気づきました。

フェンシングを辞めてしまうか、それとも世界で戦っていく覚悟が自分にあるのかを見極めるため、大学卒業を一年伸ばしました。

その1年の間に、下記のような思いを持つようになりました。

『フェンシングの魅力をもっと世の中に知ってもらいたい。そのためにもオリンピックに出場してメダルを取る』

参考元:法政大学

見延和靖選手にとって、高校からはじめたフェンシングはとても大きな存在になっていたということですね。

その後社会人となり、、

  • 2016年リオ五輪男子エペ個人戦 6位入賞
  • 2019年男子エペ個人戦年間世界ランキング 1位↓(画像)
見延和靖

このような素晴らしい結果を出すまでに、

  • ナショナルチームの練習への参加
  • ロンドンオリンピック代表落選
  • イタリアへの武者修行

など数多くの経験を重ねてきました。

東京オリンピック2020では大学時代に志した、フェンシングを日本に広めてくれることを期待しましょう!