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武藤敏郎(事務総長)のWikiプロフィールと経歴まとめ!

武藤敏郎(むとうとしろう)氏は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の事務総長です。

2021年7月20日に東京オリンピック開会式の作曲を担当していた小山田圭吾氏が辞任したことを受けて武藤敏郎事務総長は、

『任命責任はあるが、我々が一人一人を選んだわけではなかった』

といった発言で物議を起こしており、世間の注目が集まりました。

そこで今回は武藤敏郎氏についてWikiプロフィール・経歴・まとめといった流れで詳しくご紹介していきます。

武藤敏郎(事務総長)のWikiプロフィール

武藤敏郎(事務総長)のWikiプロフィール
  • 名前:武藤 敏郎(むとう としろう)
武藤敏郎
  • 生年月日:1943年7月2日
  • 出身地:埼玉県浦和市
  • 高校:開成高等学校
  • 大学:東京大学大学院法学政治学研究科・法学部

参考元:Wikipedia

上記↑は武藤敏郎(事務総長)氏のWikiプロフィールです。

武藤敏郎氏は埼玉県浦和市に四男二女の末っ子として生まれています。

実の父親は浦和市議会議員・収入役の武藤公吉氏です。

武藤敏郎氏は生まれてすぐに、子どもを授かることのできなかった繊維会社を経営している武藤公吉氏の弟の家の養子になっています。

 

は大蔵官僚・広島銀行会長・頭取の橋下収(はしもとおさむ)氏の長女である、直子さんです。

なお、武藤敏郎氏と妻の直子さんの間には二人の息子さんがいます。

武藤敏郎(事務総長)の経歴

武藤敏郎(事務総長)の経歴
武藤敏郎
  • 1996年:大蔵省入省。大臣官房文書課配属。
  • 1968年:大臣官房調査企画課
  • 1969年:関税局企画課係長
  • 1971年:彦根税務署長
  • 1972年:銀行局特別金融課課長補佐
  • 1973年:銀行局総務課課長補佐
  • 1975年:在米国日本国大使館二等書記官
  • 1976年:在米国日本国大使館一等書記官
  • 1978年:主計局主計官補佐(地方財務第一、第二、補助金担当主査)
  • 1980年:主計局主計官補佐(文部第一、第二、第三担当主査)
  • 1982年:石川県商工労働部長
  • 1982年:石川県総務部長
  • 1984年:主計局主計官(文部・科学、文化係)
  • 1986年:主計局主計官(建設、公共事業係)
  • 1988年:銀行局中小金融課長
  • 1990年:大臣官房秘書課長
  • 1994年:主計局次長(首席)
  • 1995年:大臣官房総務審議官
  • 1997年:大臣官房長
  • 1998年:大臣官房総務審議官
  • 1999年:主計局長
  • 2000年:大蔵事務次官
  • 2003年:財務省顧問
  • 2003年:日本銀行副総裁
  • 2008年:東京大学先端科学技術研究センター客員教授
  • 2008年:株式会社大和総研理事長
  • 2009年:開成学園理事長・学園長
  • 2009年:住友金属工業株式会社監査役
  • 2010年:三井物産株式会社取締役
  • 2012年:新日鐵住金株式会社監査役
  • 2014年:東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長
  • 2018年:株式会社大和総研名誉理事

参考元:Wikipedia

上記↑は武藤敏郎(事務総長)氏の経歴をまとめたものです。

武藤敏郎氏は1966年に東京大学法学部卒業しています。

東京大学時代は、

  • 国家公務員上級職甲種試験(法律職)
  • 司法試験

の二つに合格しており、学業の成績は非常によかったと推測できます。

その年に大蔵省に入省後、主計局などを経て2000年に大蔵省事務次官、01年財務省事務次官となっています。

また、大蔵省の入省同期には中島義雄、長野庬士、岡田康彦、中山恭子、中山成彬、阪田雅裕、松川隆志、佐藤謙、久保田勇夫氏らがいます。

2003年より日本銀行副総裁に就任。

2008年より東京大学先端科学技術研究センター客員教授、大和総研理事長に就任しています。

なお、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長2014年に就任しています。

武藤敏郎(事務総長)まとめ

武藤敏郎(事務総長)まとめ
  • 東京大学法学部卒
  • 司法試験合格
  • 四男二女の末子
  • 妻は大蔵官僚・広島銀行会長・頭取の長女

以上が武藤敏郎(事務総長)についてまとめたものになります。