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【ラグビー日本代表】イケメン流大の高校時代!ストイックですごい!

ラグビー日本代表『流大』選手。

166センチという小柄な体。

しかし日本代表の中でも大きな存在感を示しているといっても言い過ぎではないでしょう2017年から日本代表に定着した流大選手。

その日本代表という大きな夢を志したのは、熊本県立荒尾高校(現・岱志高)時代からでした。

ストイックな流大選手の高校時代についてまとめました。

流大選手の高校生活

 目覚めると同時に、スイッチが入った。

寝る前に、目標を再確認した。

ベッドに横になれば、自室の天井に張った紙が目に入る。

“日本代表になる”。そう書かれていた。

「ずっと日本代表になると思ってやってきました」

と振り返る高校時代。

 

引用 デイリースポーツ

流大選手は高校時代は福岡県久留米市の自宅から熊本県にある荒尾高校に電車で通学していました。

朝の5時過ぎに起床して6時前には電車に乗り、誰よりも早くグラウンドに立っていました。

放課後の練習も終わり自宅に帰る頃には23時になることもあったそうです。

学生の本分もあったので勉強は電車の中で済ませていました。

流大選手はそうやって誰よりも練習することを自らに課しました。

それには理由が二つあったと言います。

 高校からラグビーを始めた周囲と、モチベーションに差があった。

「自分の理想を語っても、価値観が違ったら意味がない」だから練習した。

「どんなことでも100%で取り組む。周りに厳しく要求する分、自分もやろうと思っていました」と振り返る。

もう一つの理由は、見えないライバルとの戦い。

「人と同じことをやっていてもダメ。全国にはうまい選手がいっぱいいる。そういう選手に勝つには環境が違っても、努力、と思っていました」

常に代表を意識して、過ごしてきた。

 

引用 日刊スポーツ

高校時代の恩師、徳井監督との出会い

流大選手が中学生時代熊本・荒尾高(現岱志高)時代に指導した徳井清明監督は、スカウト目的で福岡県に訪れました。

毎年行われるクラブチームによるリーグ戦。

オール福岡に所属する選手を中心にチェックする中、人一倍の輝きを放つ選手に気づいた。

それが流大選手でした。

SHとしてのプレーは並に感じたそうでしたが、FWへの迷いのない指示やプレーをしている時の自信を持った表情、

そして試合中に絶え間なく出し続ける流大選手の声が徳井監督の心に響きました。

「球筋だけでは高校では伸びない。僕を引きつけた一番の材料はそれですね」

オール福岡に選ばれていないということもあり、福岡県内の強豪校は当時の流大選手に目を付けていませんでした。

徳井監督自身もノーマークでしたが、初めて見たプレーで十分に一発合格でした。

「お前ね、絶対日本代表になれるけんね。日本代表になるつもりでおいで」

徳井監督のこの一言が、高校ラグビー界最強の東福岡高校に進学希望だった流大選手を荒尾高校へと引き寄せました。

誰よりも早く練習に来て、遅くまで練習するストイックさ

県内の強豪校らしく完全な実力主義の世界で、流大選手は1年の4月からAチームに定着した。

実力はあったが、周囲のやっかみやひがみもあった。

だが謙虚な姿勢が、そんな部員の見方を変えた。

学校の授業が終わり、最初にグラウンドに現れるのはいつも流。

誰よりも早く練習の準備をし、練習後の個人練習も欠かさない。

「だからあいつの言動、後ろ姿に誰も文句を言えない。普通のことを普通にやれる能力も大きな魅力の1つ」

グラウンド内外での努力を惜しまなかった。

引用 日刊スポーツ

常に声を出しつづけ、流大選手はチームメイトたちとコミュニケーションをしっかりとっていました。

流大選手はチームメイトキャプテンとしての背中を見せ続けていましたが、

当然、壁にぶつかることもたくさんありました。

3年になり主将として臨んだ夏の菅平合宿最終日のことでした。

山梨・日川高校との練習試合で、疲労もあり惨敗。

チームのふがいなさを表情に出した流大選手に、徳井監督は言いました。

「お前ね、言いたいことがあったら言わなダメやろ。目標を達成するために必要なことだったら嫌われてもいい。私利私欲じゃなくてチームを考えての発言だったら、絶対にみんな分かるから」

 

その日2度目のミーティングでチームの結束力を高め、結果的に2年連続花園出場を果たした。

惜敗の花園をバネにラグビー日本代表へ

二度目の花園では残念ながら一回戦敗退。

流大選手の高校ラグビーの三年間は幕をおろしました。

しかし流大選手はプレーヤーとしての技術もメンタルも高校3年間で成長したと言えると思います。

尊敬できる恩師徳井監督にも出会い、常に日本代表を目指して走りつづけてきました。

それはきっと日本代表として、チームを世界のトップクラスへと導くためかもしれません。